Ég mun fela þig(進撃の巨人・ライナー夢)
第9章 止まった時間
ライナー・ブラウンの世界が、崩れていくようだった。
記憶の蓋が開いた途端、それまで曖昧だったものが洪水のように溢れ出し、次々と彼の意識を塗り替えていく。
幼い恋心——
憧れだった。畏敬だった。いつも先を歩く彼女の背中を追いかけた。
鍛えられることが嬉しくて、認められたくて、懸命に食らいついた。
いつしか、彼の心に芽生えたものが何だったのか、今なら分かる。
それは、恋と呼ぶには拙すぎる、けれど確かに純粋な想いだった。
ヒルドルの涙——
初めて見た、彼女の泣き顔。
13年目の約束された死を前にしようと、最後まで気丈に振る舞いライナーを導き続けたっていたはずの彼女が、何も言えないまま涙を流していた理由。
あの時の自分は、彼女が死を恐れているのだと解釈した。
だが違った。
彼女は——自分に残酷な運命を背負わせることに涙していたのだ。
今なら分かる。分かってしまった。
彼女は、嫌だと泣き叫ぶライナーを見て、何を思っただろう。何を思いながら、死んでいったんだろう。
「嫌だ!!!」
あの時の自分の絶叫が、頭の中で反響する。
泣いて、暴れて、抗った。
その全てが無駄だった。
彼女は、ライナーの手で——自分の手で——命を喰われたのだから。
(俺は……!)
息が詰まりそうだった。
苦しい。
どうして忘れていた? どうして思い出せなかった?
そして、どうして今になって——。
目を伏せ、ライナーは小さく、震える声で呟いた。
「……俺は……ヒルドルを……喰ったんだ……」
言葉にした瞬間、決壊するように涙が溢れた。
頬を伝うそれは、ようやく思い出せた、愛しくて、痛ましくて、取り戻せない存在への涙だった。