Ég mun fela þig(進撃の巨人・ライナー夢)
第9章 止まった時間
──時は戻り、
ライナー・ブラウンは、机に手を突いたまま動けなかった。
息が荒い。頭が痛む。胸の奥が締め付けられるように苦しい。
(もう一度会いたいと——あれほど希った相手が、もういない……?)
思考がうまくまとまらない。
ずっと心の奥でざわついていた違和感の正体。
市場を歩くたびに過った、誰かとの記憶。
焼きたてのパンを見たときに蘇った、温かい手の感触。
全部——ヒルドル・メニヤだったのか?
「ライナー・ブラウン」
長官の声が聞こえる。静かで、どこか優しげな声音だった。
「あなたが覚えていなくても、彼女は確かに存在していました。あなたを鍛え、あなたを導き——そして、鎧の巨人を託しました」
託した。
その言葉が、ひどく重く響いた。
(俺は……俺は……)
記憶の蓋が、少しずつ開いていく。
「お前はまだ甘い。もう一度やりなさい」
「奢ることなく、精進しなさい」
「期待していますよ、ライナー・ブラウン」
声が聞こえる。鮮明に。
今まで思い出せなかったはずの言葉が、頭の奥で繰り返される。
——血反吐を吐くまで続いた訓練の日々。
——泣きながら帳簿をつけた長官室での時間。
——市場を歩いた記憶。手を引かれた感触。
——パンを買ってくれた温もり。
ライナーの肩が震えた。
「……なんで……」
声がかすれる。
「なんで、俺は……」
拳を握る。爪が掌に食い込むほどに。
思い出した。思い出してしまった。
なぜ、忘れていたのかも分からないまま。
だが、もう——忘れることはできなかった。