Ég mun fela þig(進撃の巨人・ライナー夢)
第8章 過ぎ去った時間
ヒルドルが、顔を上げてライナーを見つめていた。
静かに、何も言えないまま——彼女は涙を流していた。
それは、ライナーが初めて見るヒルドルの涙だった。
(怖いんだ……)
ライナーはそう思った。誰よりも強く、誇り高く、決して揺るがないはずの彼女が——死を恐れているのだ、と。
(助けなきゃ……!)
だが、ライナーには何もできなかった。抵抗を続ける彼の腕が強く押さえ込まれ、脊髄液の入った注射が彼の首筋に突き立てられる。
「いやだ!!!」
叫びかけた瞬間、意識が焼き切れた。
視界がぼやける。すべての感覚が、どこか遠のいていく。
巨人化した自分の体が、腕が、意志とは関係なくヒルドルへと伸びる。
彼女は、ただ穏やかにそれを見上げていた。
涙の跡を残したままの顔で、まるで何かを焼き付けるように、ライナーの巨体を見つめていた。
それが、ライナーとしての意識があった最後の光景だった。
病室の天井が、ぼんやりと視界に入る。
まばたきをする。何かが、重い。頭の奥が痛む。
「ライナー、目が覚めたのね」
優しい声が耳に届く。隣を見ると、母親がいた。安堵に満ちた顔で、そっとライナーの髪を撫でる。
「ライナー……私は、誇りに思うよ」
ライナーは何も言えなかった。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が張り裂けるように痛んだ。
気づけば、涙が頬を伝っていた。いくつも、いくつも。
だが、その涙が誰のためのものなのか——思い出せなかった。
これ以上傷つくことを恐れた幼い心は、記憶に蓋をすることで自己を守ることを選んでいたのだった。