Ég mun fela þig(進撃の巨人・ライナー夢)
第8章 過ぎ去った時間
軍用機が前線基地に着陸すると、ライナー・ブラウンは勢いよく降り立った。体中に疲労がこびりついていたが、彼の胸の内は熱く燃えていた。
(俺は……鎧の巨人になりたい)
戦場で見たあの巨体。しなやかな動き、圧倒的な強さ。ライナーの心を突き動かしたそれが何なのか、彼自身もはっきりとは分かっていなかった。ただ、純粋に憧れと決意が生まれていた。
足を速める。向かう先は——ヒルドル・メニヤのいる司令部だった。
「長官!」
ライナーが勢いよく部屋の扉を開けると、ヒルドルは机に向かい、報告書に目を通していた。淡々とした動きに疲れの色は見えない。そんな彼女は聞いている様子を言外に示しつつも決裁の署名を書く手を止めることは無い。
ライナーは一度息を整え、まっすぐ彼女を見据えた。
「俺は……鎧の巨人を継承したいです!」
ペンを走らせていたヒルドルの手が、ぴたりと止まる。
一瞬、驚いたように彼が言った言葉を反芻するような仕草を見せたが、すぐに微笑を浮かべた。その微笑みはどこか含みがあり、そして……少しだけ悲しげだった。
「お前なら、きっとできるでしょう」
彼女の声は静かだった。
「奢ることなく、精進しなさい」
その言葉には、まるで既に未来を知っているかのような響きがあった。
ライナーはその真意を深く考えることなく、ただ力強く頷いた。
ライナー・ブラウンは天幕を勢いよく出て行った。背筋を伸ばし、まっすぐな決意を胸に。
ヒルドル・メニヤは彼の背中を見送りながら、微かに目を細めた。
「……ふっ」
それはわずかに笑みを浮かべた瞬間だった。
突如、喉の奥から込み上げてくる衝動に襲われ、彼女は激しく咳き込んだ。
「……ッ、ゴホッ、ゴホッ!」
勢いよく前屈みになると、喉の奥から熱いものがこみ上げ、口の端から鉄の味が広がる。鼻血も吹き出し、白い手袋を赤く染めた。
すぐ背後にいた秘書らしき女性が、無言でハンカチを差し出す。ヒルドルはそれを受け取り、落ち着いた動作で口元を拭った。
「もう少し、耐えねばなりませんね……」
何を意味するのかも、彼女自身がよく分かっている。
「……あの子が鎧の巨人を継承する日まで」
それが、自分に課せられた最後の使命なのだから。