Ég mun fela þig(進撃の巨人・ライナー夢)
第8章 過ぎ去った時間
訓練場の砂埃が舞う中、ライナー・ブラウンは膝に手をつき、荒い息を吐いていた。
「また遅れたぞ、ブラウン!」
「す、すみません……!」
同期たちの列の最後尾で、彼は必死に駆けていた。何をやっても人並み以下。持久走、格闘術、座学……すべてが平均に届かず、周囲の期待は薄れていた。彼自身も、落ちこぼれであることを自覚していた。
訓練が終わり、落胆しながら武器庫の整理をしていると、不意に背後から声がかかった。
「ライナー・ブラウンですね」
振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。端正な顔立ち、無駄のない軍服の着こなし、鋭い目つき。それは名誉マーレ人統括長官として知られるヒルドル・メニヤだった。
「お前の特別訓練を私が担当することになりました」
ライナーは思わず目を丸くした。
「え……? でも、貴方は名誉マーレ人統括長官でしょう。戦士ではない文官が、どうして……?」
疑問を口にした瞬間。
視界が大きく揺れた。
次の瞬間、背中に衝撃が走り、気がつけば地面に仰向けに転がっていた。何が起きたのかわからない。天井を見上げるライナーの目に、ゆっくりと視界に入るヒルドルの姿。
「私を事務方の文官だと侮りますか?」
淡々とした声が降りかかる。
「残念ながら、お前ひとり無力化する程度、造作もないこと」
訓練場の端で見ていた候補生たちが、驚きの声を漏らす。ヒルドルの背負い投げは、完全に彼らの度肝を抜いていた。
しかし、彼女が予想していなかったことがひとつあった。
ライナーが、投げ技の技術に完全に魅了され、目をキラキラと輝かせていることだった。
「す、すごい……! 今のは、どうやったんですか!?」
投げ飛ばされた衝撃も忘れ、身を乗り出して食いつくライナー。普通なら恐れを抱くか、悔しがるかするところだ。しかし彼は、純粋に戦いの技術として興味を抱いていた。
ヒルドルは面食らったように瞬きをする。これまで数々の候補生を指導してきたが、こんな反応をした者は初めてだった。
そして、ふっと肩の力を抜き、思わず笑ってしまった。
「ははは。いいでしょう、それを教えるための特別訓練ですから」
それが、ライナーとヒルドルの出会いだった。