第5章 認識
「智くん、ひとつお願いがあるんだけど…」
翔くんが起き上がり、俺の顔をじっと見つめた。
「何?俺に出来ることならなんでもするよ?」
翔くんが望むことならなんでもしてあげたい…
翔くんに償えるならなんでも。
「俺の事、忘れてくれる?」
翔くんが口にしたのは思ってもみなかった言葉。
以前、翔くんに言ってしまった言葉と一緒。
「忘れる?どういうこと?」
俺にも翔くんの様に記憶を失えというのか?
「勘違いしないでね?
ほんとに忘れるなんて出来ないけどさ
俺が無くしてる記憶で、智くんが思い出してほしくないと思っている部分を
智くんにもなかった事にして欲しいんだ…」
翔くんは優しく微笑んで話し続けた。
「智くん、全部自分のせいだって言うでしょ?
でもさ、そんなこと無いと思うんだよね…
事の発端は俺なんじゃないかな?って…
だから、智くんがその事を忘れて、自分の事を責めないでくれたら、俺はもう2度と記憶を取り戻そうとしないから…
どう?お願い聞いて貰える?」
俺の顔を心配そうに覗き込んで返事を待つ。
そのお願いってさ、俺の事を考えてくれたんだよね?
俺が過去を引き摺らないように…
そして苦しまないように…
だったら答えはひとつしかないじゃん。
「分かったよ…翔くんの言うようにするよ」
翔くんが、ほっとした表情を見せた。
今なら、君の優しさが痛いくらい分かるよ…
もっと早く君の優しさに気がつけたら…
君が常に俺の事を優先して考えてくれていた事に気がつけていたら…
その先にある、君の『想い』にも気がつけたのに…
でも今はその『想い』には気づいちゃいけないんだよな…
だから俺はこの先、その『想い』に気づいていないフリをする。