第16章 リアル非充実 (4)
「『妹』って……」
「あーもう作っちゃったもんは作っちゃったから」
フェイスタオルを片手に固まる。髪から雫がぽたりと落ちた。
「ま、とにかく今日のちゃんのまずの仕事は、あれだ」
そう言ってサッチは、食堂の一角に座っているマルコを指差す。私が食堂に入ったときにはすでにもういたのだろうか。マルコは片肘をついてまっすぐこちらを見ている。
「ははっ妬いてんのかあいつ」
「え?」
「ううん。ほら、行ってやって。ああ見えてマルコおじちゃん、かなりちゃんのこと心配してたから」
私はサッチに背中をトンと押されて仕方なくマルコに近寄る。
「お、おはようございます」
消え入りそうな声しか出せなかった。「よい」とマルコは口角を上げる。
「寝すぎました。すみません……」
朝食には早い時間だからか食堂にはまだあまり人がいない。マルコは隣の椅子を引く。座ると持っていたタオルを取られて頭をがしがしと拭かれた。
「ったく、熱出したんだ。髪くらい乾かせよい」
マルコの手がぴたりとおでこに添えられる。私は固まる。
「熱はねぇな」
「……はい」
マルコはテーブルに置かれたピッチャーでグラスに水を入れてくれる。ああ、目上の人に動かせてしまった。どうしよう。いままでだって充分みなさん親切にしてくれていたのに、これ以上優しくされてしまったら私はどうしたらいいかわからなくなる。タオルを畳んだり広げたりもじもじしていると、私の前の席に誰かがどさりと腰をおろした。
「イゾウがこんな時間に珍しい」
浴衣姿でそうかもとは思ったけれど、これがイゾウ姐さん? リーゼントをおろしているサッチもだいぶ印象が変わるが、イゾウ姐はその上をいく。すっぴんの姐さんを初めて見た。
「ジョズがご親切にも教えてくだすったんでね。よぉ眠り姫、どうせならもう数時間寝てりゃよかったのに」
髪をかきあげる仕草は色気しかない。シャンプーのCMに映像加工なしで出演できる。でもイゾウ姐の左頬には紫色の痣があった。敵襲のときイゾウ姐は船内組で動力室の護衛だった。動力室へ放り込まれた私は、どれほど彼が闘いたいのに前線へ行けなくてイライラしていたかを目の当たりにしている。だから戦闘でできたものではないことは確かだ。隊長を務める彼もそれなりに強いはずだろうに顔に痣を作るなんてよほどだ。誰かと喧嘩でもしたのだろうか。