第16章 リアル非充実 (4)
【♀】
なんだか平和だった。
海賊は生きていくために、人の宝や物品を力ずくで奪ったり、そのためには町を焼き払ったり、女を襲ったり、人を殺したりもするような、社会秩序からのはみだし者ではなかったか。むしろそれ自体をおもしろがる犯罪者集団ではなかったか。
どうもこの白ひげ海賊団というのは私のイメージしていた海賊とは異なるようだ。
けれど「敵襲!」という耳慣れない単語を聞いたときは、やはりここは海賊船なのだと実感したし、殺し合いが始まるはずなのに隊員たちは喜々としているのも世界が違うのだなとしみじみ思った。
私は本当に死ぬつもりだったのか、自分でもうまく説明できない。「自殺願望」という言葉にするほどの決意も絶望もなかった。いや、私はもっと絶望したかったし、絶望するべき状況だと思ったのだ。
だって平和な日本で育った私が初めて身をもって体験する戦場だ。地球にも日本にもむごいことはたくさんある。その一部を私は画面や紙面で垣間見てそれだけで憂鬱になっていた。
そんな私がリアルな体験をしてしまったら……気が狂ってもおかしくはない。
戦闘が治まったと聞いて恐る恐る甲板に出た。
ところが、だ。
私は大丈夫だったのだ。
折られた刃や血に濡れた矢が転がっている。誰かの切り落とされた手首を見ても、その誰かがこの船の誰かでなければいいと思うくらい私は冷静だった。
ショックだった。私は大丈夫な私がショックだった。大丈夫な理由は一つしか考えられない。
ここは私の世界ではないから。
甲板に付着している血が血糊に見えるわけではない。リアルだと思う。なのにこの遠さはなんなんだろう。
この世界の臭いや味に鈍感というバグがあるように、私はこの世界の血や死に対してもただ鈍感なのだろうか。あるいは日本でも、悲惨な状況を情報ではなく実際に遭遇したときには意外にも冷静でいられたのだろうか。
甲板でそのような話をマルコにした。私には説明責任があると思って言葉を並べたけど、ただ胸の内を聞いてほしかっただけかもしれない。
不意に私の体がどこにもないような気がして掴んだマルコの手。
触覚はあるの。
だからマルコさんの体温が、私がどこにいるのかを、確実にしてくれる。