第14章 リアル非充実(2)
「ほらどいたどいた。ちゃん、サッチ兄さんはそういうのあんまり感心しないなぁ。ちょっと待ってなさい、ね」
そう言ってサッチとミスをしたそのコック・ピエールはああでもないこうでもないと厨房中の調味料を並べて鍋とにらめっこしている。
きっとサッチは知っている。サーシャかマルコに聞いたのかもしれない。でも私にはとくになにも言わない。けど、コーヒーポットにはいつの間にか「コーヒー」のラベルが貼られ、十六番隊合流の宴の翌日からサッチは毎朝私に水筒を持たせてくれる。「これ正真正銘の水な」と。でもほかにとくになにも言わない。いまだって。なんで? 私、味覚ないの知ってるんじゃないの? コショウまみれの失敗作だろうが、何時間もかかった自信作だろうが、私、わからない。お願いだから私なんかのためにそんな真剣にならないでほしい。
誰かが私のシャツを引っ張った。キャットだ。
「? すこし座ったら?」
「あらやだ、あんたなんて顔してんのよ。死人みたいよ」
ダリアだ。
「でも私これ運ばないと……」
「いいからいいから。ほら! エース! これ受け取って。食べなさい。ちょっとあんた一人で食べんじゃないわよっ。あんたは来なくていいの。乙女の時間なんだから」
そう言ってダリアはエースを威嚇する。大きい犬と小さい犬みたい。キャットが重そうな睫毛をゆっくり瞬いて言う。
「厨房でなにかあった?」
私は首を振る。
「遠慮せず言いなさぁい。華部屋の名に懸けてをいじめる奴がいたらしばき倒してやるからっ」
ダリアが鼻息荒く言うけれど、本当になにもないのだ。キャットが私の頭を撫でながら言う。
「人前では笑っていたいって気持ちもわかるけどね、でも、いいのよ。みんなをごらんなさい」
キャットの視線を追うと、おかずを横取りされて殴りながら怒っている人、どっと爆笑の湧いたテーブル、楽譜を囲んで真剣に話し込んでいる人たち、ブレンハイム隊長の隣にはなにがあったのか泣きべそをかいてご飯を頬張る隊員……。