第14章 リアル非充実(2)
【♀】
イゾウ姐に「メス豚」呼ばわりされたことに地味に傷ついていたんだけど、精密検査で久しぶりに体重を量ると東京にいたときよりも七キロほど痩せていた。
まぁねぇ。普段は一日の大半を座って冷暖房の効いたオフィスで事務作業をし、ヨガだのマラソンだのにも興味のなかった私。
それが異世界に来てからは、給仕や洗濯や掃除で動きっぱなし。そのうえポポロ島では丘の上へ毎日通って軽いハイキング。おかげで夜は九時とか十時にはもうバタンキュー。だってネットもテレビもないし、することがない。平均睡眠時間はかつては六時間ほどだったのに、八時間はいつも寝ちゃう。なんて健康的なんだろう。
それになにを食べても味がしないからそりゃ食欲もなくなるし、食べることすら忘れることもある。この私が。食べることの大好きだったこの私が。ブラックコーヒーもカフェオレもキャラメルマキアートもわからない。プリンも豆腐もゼリーも同じ。そりゃ痩せるわ。ダイエットしたかったら無味無臭の異世界へ! なーんてね……。
味覚がないことはマルコには見破られていた。一度コーヒーと麺つゆを間違えたことがあるからそこでバレたのかもしれない。検査のとき医者には伝えた。でも匂いがしないことまでは言わなかった。だって鼻に近づけて意識を集中して吸い込めばわかるし。
ただ私が気がかりだったのは、〝私は〟臭くないのかということで、でもサーシャにはっきり「普通よ」と言ってもらってほっとした。
器に盛られた料理から順にテーブルへ運んでいると、厨房から「うわっ! やっちまった」との大声。何事かと思ったら、振りかけていたコショウの中蓋がフライパンに沈没して瓶のコショウが大量に入ってしまっていた。そのコックは慌てて掬えるだけ掬うけどもう手遅れみたい。別のコックが味見をして吐き出す。
「おまっ、これどうすんだよ」
「すんません」
「あ、あの、それ、私、もらいます」
コック二人が目をぱちくりさせている。
「『もらう』ったって嬢ちゃん、これ―――」
「平気です。私、コショウ好きなんです」
うんうん。これだけあればいまからと今夜と明日の朝ご飯にもなるかな。適当な器を探しているとサッチに止められた。