第10章 それは、不死鳥 (3)
【♀】
私は一刻も早くあの鳥のことを誰かと共有したかったので、街の方から歩いてきた人の着物に海賊団のマークがあるのを見つけると、自分から話しかけた。我ながら珍しいと思う。その人はくすりと笑って話を聞いていなかったのかまったく違うことを言った。
「あんたが噂のか。自分から全裸になってオヤジを挑発したり、ペーパーナイフで暗殺しようとしたりしたんだってな」
それは誇張だ。全裸にはなってないし、暗殺なんて一ミリも試みたことはない。というかあのときにあの場にいなかった人ということはこの人は誰なんだろう。陽が陰りはじめていたこともあり、ぱっと見で女性かと思ったが、その声は存外低く男のものだった。私は反射的に身を硬くする。もしかして華部屋の人? でも女装というより和装。メイクも歌舞伎役者の女形のそれだ。
「どんなアバズレかと思ったら色気のねぇガキじゃねぇか」
毒舌だったが、声に棘はなかった。海賊にはこういう人がよくいる。口は汚いが悪気があるわけではない。黙ったままの私にとりなすように言う。
「俺はイゾウだ。十六番隊の隊長」
この人が噂の華部屋のスター『イゾウ姐さん』か。ああ、この人だったんだ。華部屋ではお世話になっておりますと社交辞令もそこそこに訊いてみた。
「あの鳥は十六番隊の鳥なんですか?」
イゾウは「さあねぇ……」と上空を仰いで呟き、来た道を戻り始めた。自然と一緒に歩くことになる。
「ま、船に乗ってりゃそのうちまたお目にかかるさ」
「飼ってるわけじゃないんですか? その、どこかに飼育室があるとか……」
「飼育室!」
なにがおかしいのかカラカラと笑う。そうか。あんなに大きな鳥は閉じ込めておくのも大変なのかもしれない。
「そしたら、伝書鳩みたいにときどき船に来たり離れたりしてるんでしょうか」
イゾウは懐に両手を突っこんでゆらゆら歩きながら私の顔を覗き込んだ。美人だ。これほど紅が似合う男性なんて。
「あんた、ずいぶんあの鳥のこと気になってんだな」
「はい。みなさんは見慣れてるのかもしれないですが、なんていうか、とても、とっても、きれいです」
こんな月並みなことしか言えない自分がもどかしい。
「外見はな。性格はなかなか気難しいぜ」