第1章 2月30日の来訪者 (1)
「見かけによらず肝が据わってるじゃねぇか。気に入った。俺の娘になれ」
「……性欲処理機のことですか」
女の第一声がこれだ。声は小さくその上震えていたが俺にははっきりと聞こえた。さらに口角を無理やり上げ、ジーパンのベルトにも手をかける。俺は女の手首を掴んでいた。片手で容易に折れる細さ。白い。小刻みの震え。女は再び俯き誰とも目を合わさない。俺のコートを女の肩にかけた。女は俺を見上げる。「なんだこいつ」目がそう言っている。
オヤジに指示された隊員が女の服を海へ投げ入れ、放られた服は海面に触れるやいなや橙の火柱をあげた。
誰もが息をのんだ。
「俺はなんもしてねぇよ! いやマジで」
エースが騒ぐ理由を知るよしもない女は、ただ黒い炭になっていくTシャツだった物を凝視している。
「確認したかっただけだ」
そう言うオヤジの声は一段と優しいものだったが、女にどう聞こえたかはわからない。
「おまえは今日から俺の娘だ。名前は?」
「…………」
女は頑なに歯を食いしばっている。
「上等だ」
オヤジは楽しそうだ。
「ひとつ約束する。誰もおまえには手を出さない。性欲処理機だと? そんなのを俺が乗せると思うな」
愉快そうに笑い声を張り上げる。
「おい野郎ども、おまえらの妹だ。迎えてやれ!」
何百人もの雄叫びに潰されまいとするかのように女は拳を握り締める。
「マルコ、そいつのそばを離れるなよ」
「了解」