第6章 華部屋(はなべや)へ (1)
「遅い」
「っひ!」
真後ろにマルコが立っていた。これはヤバい。真後ろは私のトラウマスイッチだし、いまここは吊り橋の上みたいなものだ。いやな汗が出る。
「あ、あの! ま、ま、真後ろに立たないでもらっていただいても、よ、よろしいでしょうか」
マルコの表情はわからない。次の瞬間、両肩を掴まれぐるんと反転させられた。
「わっ!」
マルコと目が合う。怖い。とろくてごめんなさい。
「後ろ歩き」
「は、はいっ」
ダンスのステップのようにマルコが一歩出すので、私は一歩下がる。その繰り返し。つい下を向いてしまうと顔上げろと言われる。マルコの刺青をずっと見る(なんでボタンしないの)。ストップ、と声がかかり、渡り終えたことを知った。
サッチは笑っている。
「ははははっ。船に乗って長いけど、あんな渡らせ方する奴初めてみたわ」
「よい」
達成感は束の間で、今度は膝にうまく力が入らない。陸のはずなのに、まだ地面が揺れているみたいだった。膝が笑うってこういう感じか。
「しっかりしろい」
なんか今日のマルコ様はいつにも増して怖いのですが……。ぼそりとサーシャにこぼせば、外ではいつもあんな感じだという。ここは白ひげの縄張りでもないからなおのこと気を張っているのかもしれない、と。
テンポラ島はたしかに治安が良いとはいえなかった。『いかにもワルです』という人たちが街にはたくさんいて、路地の奥の方には毛布か人か判別も難しいようなホームレスらしき者が蠢いていた。
マルコとサッチとサーシャ、それから一番隊の二人、計六人での買い出しだった。街の男たちはサッチと腕を組んでいるサーシャに対して露骨に下品に笑いかけセクハラ発言をする。そしてマルコの大きな刺青に気づくとさっと目をそらした。サッチは「俺の顔も覚えとけっつうんだよ」とぶつぶつ言う。サーシャはその一連にまったく反応せず気丈だった。