第6章 華部屋(はなべや)へ (1)
今日の分のグラスを磨き終えたので、木箱の蓋をしているとさっさとマルコが横から持ち上げてしまった。目上のマルコさんに後片付けをしていただくわけにはいかないでしょうが。あわあわすると、「扉、開けろよい」と指示。
結果、私は箱を持たなくてよかった。それこそ粉々に割るかもしれなかった。倉庫の引き戸を引いて、灯りを付けて、中に入って、その木箱はこちらです、と数歩歩いたところで、私の足元をなにかが走りぬけた。
「ぎょぎゃっ!」
獣のような叫びは私のものだ。
「なにかいました! なにかいました! なにか走ってた!!」
「落ち着けよい」
落ち着くどころか、自分の体勢を知ってまた叫びたくなる。
「すっすみませんっ」
私はマルコにがっしりしがみついていた。死にたい。動揺のかけらもないマルコは言う。
「おまえさんは海賊の男よりネズミのが怖いのか……」
呆れていらっしゃる。
「すみま……」
私のすぐ謝る癖。
「ありがとうござい……いや、やっぱり、いまのはすみませんでした」
マルコは苦笑した。
初めての、島。初めての、上陸。こんにちは異世界。
出発の十五分前には甲板に出てそわそわしていた。船縁に腰かけているエースが私を見おろして言う。
「おまえ、犬みたいだな」
犬!?
「……エースさんは行かないんですか」
「船番だからな。おまえマルコたちから離れるなよ。とろいから人攫いにすぐ持ってかれるぞ」
人攫い……。
「ー、行くわよー」
サーシャとサッチは甲板に出てきていた。髪を下ろしている今日のサッチは眠そうにあくびをひとつして、「ん」とサーシャの手を取りタラップを渡っていく。どういうふうに仕掛けているのかわからないけど、船から港までゆるやかな坂の一直線の板の道。
では私も、とタラップに足を出すが、ちょっと待て。これめっちゃ怖いんですけど! だって、幅はあるけど手すりとかないじゃん。下、汚い海だし、板と板の隙間からも海面が見えるし、軋むし。上陸前からレベル高すぎ……。