第6章 華部屋(はなべや)へ (1)
「粉々にしたい」
グラスを握る力が強くなる。私の握力で割れやしないんだけど。
「物騒だねぃ」
ぎょっとした。いつの間にかマルコが横に立っていた。心臓に悪い。
「お、おかえりなさい」
マルコは、磨き終えたグラスのひとつを手に取って光にかざす。
「きれいだよい」
そう言ったマルコの顔は一瞬まるで少年みたいに無垢だったから、見てはいけないものを見てしまったような気がして、慌てて目をそらす。
船長室の前に避難していたあの夜、白ひげの船長は言った。「マルコはおまえを傷つけたか?」。何度か抵抗する私の腕を掴んで抑えようとしてきたけど、掴まれた腕は折れそうなほど痛くはなかったし痕が残るほどのものでもなかった。私は首を振る。船長は小さく頷いて、「だったらまずはマルコくらい信じてみろ」そう言った。でもそんなの言われたからっていきなりできるもんじゃない。
マルコは私の向かいの椅子を引いて座った。なんで、ここ? 緊張を紛らわそうと質問をしてみた。
「マルコさん、私、売られるんでしょうか」
なんでこんなことを聞いてしまったのか自分でもわからなかった。でもマルコならちゃんと答えてくれるような気がした。
マルコは私の手元を観察する。なんで見るの? あ、割らないように? ハハハ、マジ受ける。
「売られたいのかい」
「いや、……でも私、ここにいてもなんの役にも立たないし、メリットないだろうな、って……」
「メリットがあるかないか、それはの決めることじゃないだろい。オヤジはな、損得勘定より、気に入ったか気に入らねぇか、だ」
は前者だ。じゃなきゃ添い寝なんざさせねぇだろい。
最後は投げやりに呟いて、煙草に火を付けた。
グラスに映る自分の顔が笑っている。そうか、私は気に入られているのか。
マルコは煙草をふかし私の作業を眺めながらぽつぽつ話す。
明日は私も陸に上がれるらしい。出発の時間。一緒に行くメンバー。買う物をリストアップしておくこと。
グラスに映る私の顔はまた笑っている。初めての、島。
今夜は呑まないのか。船の夕食の様子はどんなだったか。質問される。
煙草を持つマルコの指は長い。ぽつぽつ私も答えていく。
船長はここの地酒にケチをつけていたこと。私はアルコールは得意でないこと。サーシャがおめかししてきれいだったこと。