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【ONE PIECE】 さよなら世界

第6章 華部屋(はなべや)へ (1)


 私……、なにも変わっていない。
 ああ、人間、異世界に来たくらいじゃ変わらないんだな、なんて感心してみたり。
 だって私、東京でも同じこと思ってた。日常にうんざりして、貯金でしたいことも、描いてみたいほどの将来像も特になかった。派遣の仕事は丁寧にやろうと努めてたけど、私じゃなくても誰でもできる仕事で誰かに特に感謝されるわけでもなかった。
 おまけに私にはトラウマがあったから、スカートは履けなかったし、昼でも夜でもウォークマンを付けて歩くことはできなかった。
 いろんなことを諦めた。というか、諦めるほど欲しくないんだと自分に暗示をかけて、この暗示のおかげで私は笑っていればトラブルが少なくなることを学んだ。
 それでもときどき酸素が薄いみたいに呼吸がしづらくて、よし、たまには実家に帰るかと、お盆休みの切符を買ったのだ。
 実家の小さな街に小さな神社があり、こんなのあったかなと記憶をたどるが覚えていなかった。
 ポンプ式の井戸、『飲める温泉』の立て札。
 たしかにこのあたりは温泉が湧く。神社の新しいビジネスか。でも値段はどこにも書いてなかったし、神主さんも巫女さんもほかの参拝者も誰もいなかった。備え付けのプラスチックのコップに注いでみると、そんなに熱くはなくて人肌の温度くらい。汗だくだったので冷たいものを飲みたかったが、それは実家に用意されているであろうアイスの楽しみにとっておく。その温泉は喉を通り過ぎて胃に流れるのがわかるくらいなんというか立体的で、どんな効用があるのかわからないけど、おばあちゃんの腰痛にもいいんじゃないかと思った。
 隣に桝形の井戸もあり、そんなに深くなくて砂利が敷いてあるのが見えて、水は透き通るほど澄んでいて、その水面に……雪片が映っていたんだ。
 あれって思って振り返って確認すると、そりゃ入道雲とか出ている日本の夏の青空で、だよねって思ってもう一度井戸を見るとやっぱり水面で雪が降っていて、ありえない、とか、おかしい、とかの前に、あーきれいだなって思って、無意識に井戸の水面に手を伸ばしていた。
 それで、これだ。『飲める温泉』とか井戸に落ちるとか、異世界とか海賊とか、この展開ヤバくない? マジ受けるんですけどー! とギャル口調で思ってみたところで、…………思ってみたところで――――。

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