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【ONE PIECE】 さよなら世界

第2章 2月30日の来訪者 (2)


 ここが異世界で船の中だということは、微かな揺れで目を覚ます前にわかった。これから目を覚ます度に落胆するのだろうか。首をよじればデスクで書類に羽ペンを走らせるマルコがいた。なにかを言う気にもならなかった。小さな窓から差し込む光はすでに夕刻のものだ。コトリ、と羽ペンを置く音がしたかと思うと、マルコは何も言わず部屋を出ていった。体が重い。つまり、私はあそこで気を失ったのか。腕を掴まれた。でもほかに乱暴された形跡はない。誰がここに運んでくれたんだろう。マルコか。思考がまとまらない。喉がはりついている。ずっとなにも飲んでいなかった。
「起きれるかい」
 戻ってきたマルコはベッド脇に立ち、見おろしている。もう怒ってもないし苛立ってもなさそうだ。手には湯気のあがる木の椀。なぜ私にここまでするのだろう。力を振り絞って上体を起こす。渡された椀を包めば、情けない私の顔が写るほど澄んだスープだ。なにを思ったかマルコはすっと椀を取り上げた。自分で一口飲む。マルコの喉仏が動く。
「毒は、ない」
 そう言ってまた椀を持たせる。こんなところでこんな人にこんなに気を遣わせて、私はいったいなにをしているのだろう。マルコを見上げる。なにを考えているのかよくわからない。でも見おろしてくるその視線は存外やわらかいような気がして慌てて俯いた。気道が苦しい。喉につっかえたものもいっしょに流してしまうようにゆっくり椀の中を飲み干した。味はしなかった。温度があった。
 私は起きてしまう。この異世界で目が覚めてしまう。ここは私の世界じゃないのに。私は、帰れるんだろうか。とたんにゾクリとした。背骨だけ引っこ抜かれるような。ばらばらになりそうな体を繋いでおくように椀を両手で握りしめる。
「…………」
「?」
「……私の、名前……」
 未だベッドのそばから動かないマルコをちらりと見上げれば、どこか驚いたように眉毛と瞼を持ち上げていた。そうかい、と小さくつぶやく。驚くのは私の番だ。名乗っただけでそんな嬉しそうにしないでよ。

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