第26章 迷い
「すまん・・・何でもない」
迷った末にそう言ったナナシは持っている書類に視線を落としたが、
エルヴィンは会話の突破口を開こうと話し掛ける。
「そう言えば、今日はどんな用件でここへ?予定では、まだ
当分古城だったはずだが・・・・私に会いに来てくれたと
自惚れても良いのだろうか?」
後半は期待していなかったが、つい出てしまった軽口だった。
この後いつものように「自惚れるな!」と返ってくるだろうと
踏んだエルヴィンだったが、ナナシは「そうだ」と
肯定したものだから勢い良く椅子から立ち上がり
ナナシの傍で膝をついて、その手を握った。
「それは本当か?本当に私に会いに来てくれたというのか?」
「・・・だから、そう言っている。少し・・・話したい事が
あって・・・」
「話したい事?それなら今聞くよ?」
ちゃっかり自然な動作でナナシの横に座り、その肩を抱いて
引き寄せたエルヴィンは、彼が全く抵抗しない事に内心驚く。
ナナシは視線を落としたまま何かを考えているようだったが、
少しして控えめに言葉を紡いだ。
「いや、大事な話だから・・・ゆっくり夜に話したい。
・・・あまり・・・良い話ではないかもしれないが・・・」
「待ってくれ。そんな事言われたら気になってしまう」
「本当にすまない。お主に仕事を放棄させたくないから
夜に出直そうと思っていたのだ。やはり、私は一度出直して・・・」
ソファから腰を浮かして立ち去ろうとするナナシの身体を
強引に引き寄せると、エルヴィンはぎゅっとその身体を抱きしめた。