第26章 迷い
―――が、
「――――ナナシが近くにいる気がする…」
それはお昼前の団長執務室で、団長様が独り言のように
呟いた言葉である。
仕事の書類を渡しに来ていたミケはギクリと体を硬直させたが、
すぐに悟られないよう心を落ち着かせる。
エルヴィンには自分のような嗅覚も千里眼も無いはずなのに、
ナナシに関しては勘が鋭いような気がしてならない。
「気のせいだろう?ナナシは今古城だ」
「わかっている。…だが、先程からこの本部のどこかに
いるような気がしてならないんだ」
ミケは平常心を保つよう努めていても、背筋に冷たい汗が
流れるのがわかった。
エルヴィンのナナシセンサーの精度が恐ろしい程正確で、
ミケは心を読まれないよう書類に目を向ける振りをして
やり過ごそうとしたが、それが仇となり、エルヴィンに
疑惑の目を向けられる羽目になってしまった。
「ミケ…私に隠し事をすると為にならないぞ?
今正直に言えば許してやる」
威圧するような目を向けられたミケは誤魔化すか考えたが、
すぐに論破されるのが目に見えたので早々に白旗を上げる。
これ以上隠し立てしてエルヴィンの機嫌を損ねたら、
大惨事に発展するだろう。
それが兵団やプライベートな事ならそうはならないが、
ナナシが関係するとエルヴィンは途端に理性を無くし、
自分とナナシの邪魔になるものは徹底排除する男なのだ。
考えただけで恐ろしい。