第3章 __笑
「…で、今日助手の人は?」
辺りを見渡してみても、弥子の側にいつもいる、あの青いスーツの姿が見えない。
「今は何だか出掛けてるみたいです。戻っては来るみたいですけど、何か用でもありました?」
「あぁ…いや、別に」
「でもいなくて良かったですよ。ネウロがいたら絶対この子危な…」
「誰がいなくて良かっただと?」
「わお!!」
耳のすぐ横、まさに超至近距離に声がして、弥子は固まった。
いつの間に…っていうか背中に感じる無数のちくちく感は…いやだ絶対振り返りたくない!
「…いるじゃん」
「ああ、笹塚刑事こんにちは!どうかされましたか?」
「いや。…体調悪い子がいたから」
連れてきた、と言う刑事の言葉に、ネウロはすっと目を細める。
無言でソファに近寄って、眠っているような彼女の顔を一目見て、にやりと。
「…ね…ネウロ…?」
彼がこんな風に笑うのは、謎がある時だけだ。弥子は身構える。
はッ!まさかこの女の子が殺されたり犯人だったり関係者だったり遺族だったり!?
「早とちるなゴミ虫が」
「ぎゃーいたいいたいごめんなさい!」
こめかみを中指の関節で挟まれ持ち上げられ懇親の力でぐりごりされて、弥子は悲鳴を上げた。
刑事が振り返ると同時にぱっと手を放され、べしゃっと地面に落ちる。
「…出来れば、あったかいお茶とか欲しいんだけど」
「あ、台所ありますから…日本茶で良ければ」
しりもちをついた腰をさすりながら弥子は立ち上がる。逆にネウロは、興味が失せたように踵を帰し、窓際のデスクに向かった。
悪いね、と弥子にお礼を言い、自分は引き続き彼女を見守る。投げ出された手足は細くて、そっと支えてやらないと壊れてしまいそうなほどに見えた。先ほどまでは白かった顔色は、少し良くなってきたように見える。この様子ならひとまず大丈夫だろう。
向かいのソファに座って、背もたれに腕をのせ、ぼんやりと輪郭をなぞって。
…名前。
彼女の名前が、妙に気になった。