第1章 傘
「これどーぞ」
手帳をスーツの内ポケットに戻しながら傘をちょっと上げて彼は言った。
「男もので悪いけど…」
「あっいえそんな…!大丈夫です」
「俺なら別に傘無くても困らない。…近くに車あるし」
そう言って一度雨よけの下に入り、傘の柄を私に向ける。
昨今の刑事さんというのはここまで優しいものなのだろうか。
見知らぬ人に傘あげちゃうなんて、と少し感動しながら黒い瞳を見つめる。しゃがんだまま見上げていた為首が痛くなってきた私は、立ち上がった。
あ、意外に背が高い。細くて肌も白いから何だか儚い感じだ、と思いながら。
「ありがとうございま…」
言いかけて。
突然視界が周りから埋め尽くされるように暗くなる。
上下の反転。平衡感覚の喪失。視界の遮断。
あ、やばい、と思ったまま体勢を持ち直す間もなくふらりと傾いて。
「………っ」
刑事さんが目を見開いて息をのんだのがわかった。
赤い雨よけを最後に視界と思考が潰された瞬間、温かくて強い腕が私の背中を支えて。
意識が途絶える。