第9章 ________違
味わった事のない感覚だった。
現実と掛け離れたような事態に遭遇した気がする。
気がする。
気がするだけ?
違う、実際にそうだ。脳裏にあのネウロの目がずっとこびりついている。
急に現実がわからなくなった。私は何かに巻き込まれてしまったのだろうか?
一方的に巻き込まれたような、自発的に巻き込まれたような。
「煙草臭かったら悪いね」
「いえ、大丈夫です」
ヒーターを付けておいてくれたのだろう、車内は温かかった。
助手席に座って鞄を膝に抱え、運転席で刑事さんがシートベルトをするのを見て、私も思い出したように脇を探る。
車という箱の中。雑音混じりのラジオ。灰皿に押し潰された煙草。刑事さんのスーツジャケットよりも幾分濃い煙草の香り。
嫌いではなかった。
走りだした車。雨は大分小降りになっていて、ワイパーが間をあけて行ったり来たりしていた。
「…ネウロさんて」
静かな静寂の中、私は唇を開く。刑事さんが視線をこちらに向けたのがわかったが、目は合わせなかった。
「どういう人なんですか?」
「…正直、俺もよくわかんねぇな…。一応名目は探偵助手、てなってるみたいだけど」
刑事さんは細くため息をついた。
ちらりと窺った綺麗な横顔。その目は、何かを塗り潰したようなたった一色の濃い感情を秘めているような気がする。
静かだ。でも内面では、とても強い思いを秘めた人に見えた。
「…でも、ただもんじゃねーだろうなとは思うよ」
ただ者ではない。それは正に適切な表現。
よほど鈍くない限り、本能的に感じるだろう。彼の異質さを。
人はよく知りもしない他人に興味を示さない。顔立ちなんて意識しない限りちゃんと見ないし、服装もイメージでしか捕らえないもので。
しかし少しでも彼の、ネウロの一挙一動に目を向けていれば、すぐにわかる。
彼は特定の人を常に観察している。