第6章 _____名
「…身体、あったまった?」
「え、あっ…はい」
握りしめていた湯呑みはいつの間にかぬるくなっていて、残ったお茶を一口だけ含む。
視界の端に見える、肩にかかったグレーのスーツジャケット。動く度に微かに匂う煙草の香り。刑事さんのを着てる、と思うと、やたらと落ち着かなくなった。
「…ん。じゃ、それ飲んだら帰ろっか。熱っぽいみたいだから、帰って早く休んで」
「はい」
返事をしてから、これ以上長居をするのは気がひけて、一気にお茶を飲んだ。
気持ちも落ち着いたし、刑事さんから傘も借りれたし、なんとか歩いて帰れそうだ。体調良くなったら傘返しにいかないとな。刑事さんにどこで働いているか聞こう。
「車持って来るからちょっと待ってて」
そう言いながら刑事さんが立ち上がって、考え込んでいた私は湯呑みをテーブルに置きながらきょとんと見上げた。
「近くまで送ってく」
「えっいえそんな!これ以上ご迷惑は…!」
「迷惑なんかじゃないからいーよ。弥子ちゃん、逃げないように見張ってて」
「はーい」
「ちょ、待っ…」
身を乗り出した先でバタンと閉まるドア。無気力の見た目の反面案外強かな人なんだな、私はぽかんとドアを見つめた。
2009/06/06