第2章 虎への紹介
「つばさ」
謙信は、あすかを静かに呼んだ。程無くして、謙信の前にはひざまづいた姿で、あすかが現れた。
「このあすか、謙信様のお声に応えるべく、馳せ参じました」
あすかはうやうやしく言った。
その言葉を聞いた謙信は切れ長の目をより一層細くして、薄い唇の端を少し上げた。
そして、口を開く。
「あすか、そなたにおつかいをたのみます。……このしょかんを、"かいのとら"へと、とどけてはくれませんか」
「かいの…とら…。…わかりました。このあすか、謙信様の命…、しかと承りました」
あすかは謙信から書簡を受け取ると、それを懐に忍び込ませた。
これで、何処かに落としてくるという心配は皆無に等しくなった。
謙信のいる部屋を出たあすかは、足早に自分の部屋へと向かった。
己が部屋へ入った彼女は、愛用の刀を背中に背負い、苦無、手裏剣などの武器の他に、飲み水、握り飯を持った。準備は万全である。
謙信から承った初めての命。
命と言っても、"お使い"のようなものなのだが、あすかは張り切って、春日山城を後にした。