第99章 恋した記憶、愛した事実《20》家康side
「朝っぱらから何の用だ。軍議が始まるのは、もう少し後だろう?」
「………少し…確認したいことがあって……」
「ほぅ…、何についてだ?」
翌朝、俺は軍議が始まる前に、天主へ寄った。
信長様は、俺には目を向けず、紙に筆を走らせている。
「………あの女…陽菜のことですけど……」
「…………」
何について話してくるかをわかっていたのか、陽菜の名を出しても、顔色も変えず、ピクリと反応することもなく、筆を走らせている信長様。
「……俺とあの娘は………恋仲だったんですね…」
俺が言ったと同時に書き終わったようで、信長様は筆を置いた。
そして、顔を上げて俺と目が合うと口を開いた。
「ほう。思い出したのかと思ったが、その顔はまだ思い出してないようだな。」
「そうですね……。まだ思い出してないです。で、俺とあの娘は恋仲で、俺の御殿で暮らしていたんですよね?」
「さっきは言い切ったくせに、なぜ次は言い切らん。」
「………まだ確証が持ててないので。秀吉さん達に聞いても、信長様が口止めしているから、答えを濁されるし……。それなら信長様に直接聞いた方が早いですから。」
「なるほどな。」
そう言いながら、脇息に片肘をついて凭れる信長様。
発した声は抑揚のない声。長い付き合いだけど、今の信長様が、何を思って考えているかが全くわからない。