第96章 恋した記憶、愛した事実《17》
家康が視察から戻って数日後の朝
「……今日は…これにしようかな………」
箪笥の中から取り出したのは、唐紅色で水色椿と白色の小花があしらわれた小袖。
お姉ちゃんの出産前に、家康が仕立てをお願いしたもので、家康から着物を贈ってもらったものでは、これが最後。
家康に思い出してほしいために、毎日、家康から贈ってもらったもの、家康とデートのときに着ていったものなど、家康絡みのものを着て、手当てやお世話をしているけど……
「…家康……全く反応ないもんなー……」
毎朝、これを着たら思い出してくれるかなってドキドキしながら、部屋に行ってるけど、感想もなければ、驚くような素振りもしない。
はぁ~…と深いため息を吐きながら、小袖に着替えて帯を締めたら、鏡台の前に座り、髪の毛を櫛でといて、家康に貰った髪飾りを、左耳の上に付ける。
「……もうそろそろ…完治するよね。」
家康の怪我もほぼ治っているから、家康の部屋に通うのも、たぶん今日には終わる。
誰もいないときに、少しずつ話はしているけど、現代から来たことと、家康と恋仲であることだけは話していない。
「(この二つは信長様にも話すな。って言われたし……)」
少しずつ私に対して少しずつ警戒を解いてるとはいえ、記憶のない今の家康にこの二つを話したら、かなり混乱するだろう。と信長様の配慮だった。
「……いつ思い出してくれるかな……」
ずっと不安な気持ちを抱いたままだったから、思ったことがぽつりと口からこぼれた。
ハッとして、「ダメダメ……」と言いながら、頭を左右に振って不安な気持ちを少しでも追い出す。
そして、鏡台の上に置いていた山吹色の御守りを手にとって
「……早く思い出しますように……」
御守りにお願いをして、御守りを懐に入れて、部屋を出て家康の部屋に向かった。