第94章 恋した記憶、愛した事実《15》
「その辺に置いといて。まだやることあるから後で食べる」
私の方へ見向きもせずに、文机に向かって座り、持っていた書物を読みはじめる。
「え?…ぁ……はい…。えと……包帯の交換は……」
朝に手当てをしたし、そろそろ包帯も替える頃。
だけど、食事をまだ摂らないなら、先に手当てだけを済ませた方がいいかもしれない。
でも、仕事忙しそうだから、邪魔はしたくないし……
「……………あぁ。なら、先に手当てを終わらせて。」
「あっ、はいっ!!」
家康の了解も得たから、御膳を置いて、部屋に置いたままの薬箱を持って家康に近づき、桶の水で手を清めたら、包帯を外していって、薬を塗る。
「「…………………」」
「(…き、気まずいっ………!)」
私も家康も何も話さないから、静かな部屋のなかでは、薬を畳を上に置いたときになる音、手を清めるときの水音、包帯を巻くときの小さい衣擦れの音……
それぐらいの小さい音が、部屋に響く。
「(……でも、何話していいかわかんないし…)」
元気ですか…?……は、見たらわかるし…
天気いいね…。……は、もう夕方だし…
何読んでたの?……は、「別に……」で終わりそうだし…
手を動かしながら、どうやって声をかけようか悩んでいると……
「ねぇ。聞きたいことあるんだけど」