第94章 恋した記憶、愛した事実《15》
夕方
「(……やっぱり緊張する……)」
御膳を持って家康の部屋まで向かっていたのを、廊下の角を曲がるところで立ち止まり、何度も深呼吸をして、気持ちを落ち着かせようとしている。
今朝、家康の手当てを終えて、そのまま家康の部屋で遅めの朝食も食べ終わったあと、すぐに退室しようとしたとき
―――
『そういえば、陽菜、怪我の手当てだけじゃなく、家康の身のまわりのこともしているだろうな?』
『え?身のまわりのこと?』
『はぁー……。信長様に言われただろ。家康の怪我の手当てと身のまわりのことをしろと。覚えてないのか?』
『……わ、忘れてた……』
『……ちょっと秀吉さん、怪我の手当てはともかく、身のまわりのことは自分で出来ます。』
『駄目だ。信長様の命だからな。陽菜、今日から家康の身のまわりの世話もしっかりしろ。いいな?』
『は、はい………』
『……………』
―――
秀吉さんから言われたことを思い出す。
手当てするのにいっぱいいっぱいだったから、身のまわりのことも任されていたのを、すっかり忘れていた。
なので、今、御膳を運ぼうと一人で家康の部屋に向かっている。
昨日は、秀吉さんと政宗。そして今日の朝は秀吉さんと三成くんが居たから、家康の部屋へと入れたけど、一人で向かうのは、今が初めて。
皆も仕事があって忙しいし、毎回誰かに付き添ってもらうわけにはいかない。
「(もしかしたら、一人で行った方が、何か話せるかもしれない……)」
淡い期待を抱いて、最後に深く息を吸い、ゆっくり吐き出すと
「(………よしっ!)」
気合を入れて、足を踏み出し、廊下の角を曲がった。