第92章 恋した記憶、愛した事実《13》
翌朝
眠りから目が覚めた陽菜。
起きあがって、すぐさま鏡台に向かい、おろしている髪の毛を手でひと纏めにして、頚を露にさせると……
「…………消えちゃった…」
はぁ……と、ひとつため息をこぼし、髪をおろす。
家康が視察に行く前日に付けた、頚筋の『印』
視察に行った日から毎朝、鏡越しに『印』を見ては、家康がそばにいるみたいで、微笑んでいた。
家康が戻ってきて目が覚めた翌日、すなわち手当てをした昨日の朝も、唯一繋がっているものだからと、『印』を見て、弱々しく微笑んでいたが……
今日からはもうない。
しばらくジーっと、鏡の自分と見つめあって、少し微笑んでみるが………
「……なんか違う………」
上手く微笑むことが出来ず、また一つ、はぁ……とため息をこぼす。
鏡台から離れ、着替えようと、夜着に手をかけようとしたとき
「………あ、そうだ……」
夜着から手を離し、箪笥の前に座って、箪笥の取ってを掴んで引っ張り、綺麗にしまわれている一着の小袖を手に取る。
手に取ったのは、薄黄色に少しだけ緑がかった色地に、白と山吹色のグラデーションの百合の花が、いくつか織り込まれた小袖で、初めて香菜が陽菜に仕立てたもの。
住まいが、安土城から家康の御殿に移ったときに持っていったのだが、婚姻が保留になった今、持っていっていた着替えの殆どを、安土城へと運んでもらったのだった。