第89章 恋した記憶、愛した事実《10》家康side
政宗さんが出ていったあと、自分の右手をじっと見ていたら、しばらくして……
スパンっ!!!
「っ!?」
小気味いい音を立てて開いた襖。その音に顔をあげると………
「……なかなか無様な姿だな。」
信長様の感情の読めない声と表情。
昔からの付き合いだけど、この人の考えを読み取れないときが稀にある。
「………何しにきたんですか…」
「貴様、あやつに何をした。」
「は?」
あやつ……?
「誰のことですか?」
「貴様の名を言いながら泣く人物は、一人しかおらん。」
俺の名を言いながら……?
「……一体何の……」
「信長様、失礼します。」
話そうとしたときに秀吉さんと声が重なり、秀吉さんも部屋へと入ってきた。
「陽菜を部屋まで送ったか?」
「……はい。部屋に入ってもずっと泣いて……。家康。お前、なんで陽菜にあんなこと言ったんだ。信長様に言った言葉は嘘か!?」
「あんたたち……さっきから何の話してるんですか。そもそもあの訳のわからない女は、誰ですか?」
「なっ!?陽菜はお前のっ……!!」
「秀吉」
信長様の声が、秀吉さんの続けようとした言葉を遮る。
「早急に医者を呼べ。」
「っ…はい。」
信長様の指示に従い、医者を呼びに部屋を出た秀吉さん。
「……医者を呼んで…どうするつもりですか…?これぐらいの怪我なら自分で手当て出来ますけど」
「ただの確認だ。」
それっきり、医者が来るまで何も発しない信長様。
医者が来るまで、とてつもなく時間の経過が長く感じた。