第88章 恋した記憶、愛した事実《9》
家康が目覚めた翌日
「(行きづらい………)」
薬箱を持って、家康が休んでいる部屋へと向かっているのだが……。あの廊下の角を曲がって少し進めば、家康が休んでいる部屋に着く。
だけど、近づくにつれ、歩幅はだんだんと狭くなっていき………とうとう、完全に足が止まった………。
「(……家康………)」
薬箱を片手で抱きかかえ、反対の手で、バクバクしている心臓を抑えるように、胸元の袷をギュッと握る。
「(……記憶喪失って……本当にあるんだ……)」
病気で、記憶がだんだんと無くなっていく患者さんの姿は何人か見たことがあったけど、いきなり、ぽっかりと無くなることがあるとは……
正直、漫画やドラマ、映画だけの世界で起こりうることと思っていたけど……
まさか、自分の大事で大好きな人が、記憶喪失になるだなんて………
はぁ……と重たいため息を吐いて、足を進めようとするが………やはり進まない。
というより………
進もうとすると、足が震える。
「(……昨日、信長様に言われたのにな……)」
思い出して、また重たいため息を吐いた……。