第84章 恋した記憶、愛した事実《5》家康side
視察へ向かって6日。
「この調子だと、数日したら、ここを出れそうだね。」
視察へ向かうことが決まった数日前に、大雨で川が氾濫。そして橋も崩落していたため、その状態を見に行くために、この地に来た。
祝言前だが、俺の領地に近いために、土地勘のある俺が適任だろう。となった。
確かに、川は増水しているし、橋も崩落していたが、そんなに大きい橋ではない。それで農作物が取れないわけではないし、生活に支障をきたす程度ではなかった。
だが、この橋が崩落することで、市へ向かうのが少し遠回りになってしまうのが、民の悩み。
早急に職人を手配し、橋の建設を取りかかってもらうことにした。
「家康様。そろそろ安土へ戻られては……祝言の準備もありますし……」
「何言ってんの。こんな中途半端な状態で、戻れるわけないだろ。」
「しかし……」
「何かあったときに、俺の領地から援助しないといけないから、俺がここに来たんだ。信長様もそれを考えて俺に視察に向かわせたんだ。かなり目処が着いてこないと、安土には帰れない。」
「……はい。」
「お前の言いたいこともわかる。だけど、今はこの村人の生活を守るのが優先だ。」
視察に来てから、一時たりとも、陽菜のことを考えなかったことはない。
毎日、陽菜から「おはよう」「おやすみ」の言葉を聞いていたのに、それがないだけで、正直、調子が出ない。
一日でも早く、陽菜の声を聞きたいために、人員の采配をしているのだ。