第1章 真鍮の寂び
他に部屋の特徴があるとすれば、スタジオに自然光を取り入れるための大きな窓だろうか。海を向いた東壁には端から端まで窓がずらりと並び、まるで新築の学校の教室を思わせる。銀時がトラックから見た、ブラインドが下ろされた西壁とは違ってこちら側の窓はブラインドが上げられている。絵の具の跳ねが一つもないくらい綺麗に手入れされた窓からは、やっと水平線から顔を覗きだした朝日が望めた。その光は窓枠の下部に沿って付いているカウンターに飾られたトロフィーをキラキラと輝かせている。
窓が部屋の端から端まであるように、カウンターも同じく部屋の端から端まで続いている。そのカウンターを埋めるように数々の記念品が行儀良く並べられていた。スポーツの優勝杯と同じようなカップ型のトロフィー、独創性を強調したオブジェのようなトロフィー、シンプルにお洒落なクリスタルを使用したトロフィー、写真立てのフレームに収められた賞状。およそ一人の人間が集めたとは思えないほどの栄光がそこにはあった。刻まれている年を見る限り左へ行くほど古く、右へ置いてあるほど新しい物だった。
その裏付けされた実力を確認したところで、銀時は再び裸婦画と向き合う。一番近くにある絵は女性の寝姿で、光沢のあるベッドシーツに横たわった女体は淡い色めかしさを纏っていた。薄目を開けてこちらを見ている女性の瞳は乱れた髪の間から覗き、銀時は彼女の前髪を搔き上げたい衝動にかられる。頭では絵とわかりつつも、触れないと満足しない自分に驚きながら銀時は手を伸ばした。
「人の指には雑菌や油分が含まれていてねェ。絵に付着すると劣化を促進しちまうんだよ」
絵の女性に触れるまで残り数センチの所で声をかけられる。声の方向を見れば、お登勢とほぼ変わらない年齢の女性が倉庫の入り口に身を預けながら銀時を見ていた。服装はいたって普通。色使いが上品な着物と薄手の羽織を着て、包帯を巻いた利き手に気を使いながら彼女は腕を組んでいた。銀時に注意の言葉を投げかけたものの、その表情に怒りや呆れはない。むしろ仕方ない、とでもいうように肩を軽くすくめて銀時に近寄る。
「ま、絵に関して素人なヤツを雇ったアタシも悪いさ。別に怒りゃしないよ。わざわざこんな辺鄙なところまで来てもらってご苦労だったね。先に茶でも飲むかい?」
「いや……大丈夫だ」
「そうかい、じゃ早速頼もうかねェ」