第1章 真鍮の寂び
靴を脱ぐための玄関はなく、そのまま土足で入っても良いようになっている。推測ではあるが、おそらくブーツを履いたまま歩き回ったほうが礼儀としては正しいのだろう。中の様子を見ると非常に画家らしいワンルームのスタジオとなっている。部屋の奥にはドアが開けっ放しのトイレと倉庫が見えるが、それ以外に部屋はない。スタジオの一角には生活空間としてカーペットが敷いてあり、その上には枕や布団が雑に置かれたソファー、ちゃぶ台のように脚が短いテーブル、銀時の半分の高さしかない冷蔵庫、その上に置かれた電子レンジなど、最低限の生活ができるスペースは設けられていた。
それ以外は白さが際立つ外壁とは違い、建物の中は絵の具の汚れでしっちゃかめっちゃかだった。壁も床もコンクリートが打ちっぱなしの状態で冷たい印象を与えるが、長年の創作でどこもかしこも絵の具やら墨やらの飛び散った跡が残っている。あちらこちらに筆などの画材をしまうための白いカラーボックスも例外なく絵の具だらけで、一体何を行っていたのかは知らないが、色彩が天井にまで跳ねているのを見ると相当大胆な手法で絵を描いているようだ。
にもかかわらず不思議なのが作品の出来栄えである。あちこちの壁には銀時の身長を優に超える大きさのキャンバスが何枚も重なって寄りかかっており、どれも圧倒的な画力と色彩で見るものに訴えかける。しかし描かれている人物や物は決して大雑把に仕上がってる訳ではなく、むしろ繊細なまでに緻密な筆使いで創り上げられていた。自らの目で筆の跡を確認しない限りは写真と見紛うほどのリアルさである。モチーフは裸婦が多く扱われているが、そこには官能的な容姿を凌駕する力強い眼力が揃っていた。
お登勢からは銀時一人への依頼だと告げられていたが、来てみると納得ができた。確かに未成年には強い刺激の絵画である。裸だからというだけではなく、それぞれの絵には見る者に畳み掛けるような感情をぶつけてくる。人生経験を多少積んでからでないと心の中に処理しきれない「何か」が渦巻くのは確かだ。
サインが入っているのを見るとどれも完成された作品らしい。唯一描きかけの可能性があるのは車輪付きの画架に立てかけられ、上から紅色の絹布で隠されている一枚のキャンバスくらいだろう。