第1章 真鍮の寂び
「こいつァまさか」
「そのまさかさ。この油絵に描かれてる人物は全員、あたしが若い頃に写生した実在する人間だよ。絵師を目指してた時、よく江戸の茶屋で町の人間を描いてた。飽きもせず毎日毎日……そのおかげで腕は上がったもんだよ。でも、自画像は描いたことがなかった」
懐かしそうに語る彼女の声色に、僅かながら寂しさを感じる。
「この絵の制作中、自分の顔が描けなくて気付いちまったんだよ。あたしゃ他の人たちを見てるだけだった。江戸で楽しく生きてる皆を筆で描いているだけで、自分までその仲間に入っている気になってた。勘違いの中で生きてきて、自分が独りぼっちだってことに今更気づいたのさ」
どこか嘲笑を含む言い方に、銀時は彼女の本心がどこにあるのか分かった気がした。
「ま、つまりは頑固ババアが寂しくなっただけの話さね。いい加減お酒でも飲み交わすダチの一人や二人を作ろうかと思ってねェ。ガキが刃物を持って来た時にゃ運が良いと思ったさ。絵を辞めるのに世間への言い訳ができるし、テメーが絵描きに戻れないよう同時に逃げ道を潰せる」
都合が良かった。自分を絵師としての立場から切り離す意味でも、強盗が来てくれたのは幸いだったと彼女は言う。己をそこまで追い込まないと絵からは離れられないと理解している故の行動だったのだろう。人生を捧げてやってきたものを捨ててでも、やりたい新しい何かを見つけた結果がこれだと彼女は主張しているのだ。
「友達作るのに年齢制限はないだろ?」
開き直ったような笑みと共に彼女は言い放つ。けれど笑顔の奥で不安げに瞳が揺れ動くのを、銀時は見逃さない。回りくどいやり方で友情を探そうとする彼女は素直さの欠けた、どこにでもいる強がってばかりのただの江戸の女だった。
真鍮の寂び 了