第1章 真鍮の寂び
銀時はチラッと視線をトロフィーに向けると確かに錆が確認できた。先ほど見た時は「そういうものだ」と納得して見逃していたが、よく見てみると独創的だと思っていたトロフィーのいくつかは錆だらけだったことに気づく。特に一番左端に置いてある六角形のブロック型のトロフィーは酷かった。わずかに五円玉のような真鍮本来の色が所々見えるが、それ以外は緑青に飲み込まれて斑らに侵されていた。表面は何層にも重なって凹凸があり、触れれば乾燥した泥のようにポロポロと剥がれ落ちそうである。
もし銀時の推測通りトロフィーが年代順で並べられているのであれば、それは並べられている中で最も古い代物だ。いわば依頼人の画家生命の始まりを象徴するに等しいはずなのだが、まるで大切にされていない。きっと栄光になど興味がないのだろう。好きなことを好きなだけやる人生において、むしろ周りから与えられる称賛はおまけに近いのかもしれない。そういった「おまけ」に興味を持つ記者に囲まれて応答するのは、彼女としては不本意なのだろう。
それでも画家として生活を成り立たすには多少世間に良い顔を見せなければならない。そう言った妥協も含めた上で、彼女はこのアトリエで暮らしていたに過ぎなかったようだ。
でもだからこそ、銀時は密かな疑問を覚えた。
「バーさん」
「ん?」
「なんでわざわざ利き手で刃物を握りに行ったんだ?」
明らかに妙な質問だった。けれど何か核心に迫る銀時の問いに、画家は感心したように口角を上げる。彼女の表情も愚痴をこぼす老婆から一転し、彼女の描く裸婦たちが持つ力強い眼光に似た目つきで銀時を興味深そうに見つめ返す。
「へぇ、気づいたのかい」
やはり、と銀時は脳裏で思った。彼女の立場を自分に置き換えても、先ほどからどこか違和感が拭いきれない節があった。その一つが彼女の怪我に対する無関心さである。
神経を痛めつけるほどの深手なら常人でも気が滅入るはずだ。しかも日常生活が不便になるだけならいざ知らず、彼女は画家としての生き方を失ったのである。人生をかけて極めた技術ならなお更ショックが大きいはずで、普通に考えたら彼女は発狂してもおかしくない立場なのだ。
なのに、それにしてはあまりにもアッサリとした反応を彼女はしていた。