第1章 小さな恋心
会いたくないけど会いたい、矛盾した心。辛い気持ちになるのなら会いたくないけど、顔を見て会話が出来るとドキドキしたこの気持ちが心地いい。関係が進むことは有り得ない。だから、せめてこの気兼ねなく会話が出来る職場の人という関係を変えたくはない。
────だから今はどうかこのままで・・・
「おはようございます〜」
「おはよう、一瀬ちゃん今日ね、稲山さんがお休みになっちゃってそこの仕事に入ってもらってもいいかな?」
「あ、はい分かりました」
出勤と同時にチーフから申し訳なさそうに言われた仕事の変更に稲山さんの仕事は何だったかなと表を見れば、別部所の商品の在庫確認と整理だった。どこの部所だろうと見てみればドキッと胸が鳴る。部所は彼がいる所だ。何だろうか仕組まれてるかのように最近は彼の近くに行くことが多い気がする。
(でも、今ならまだ出勤してないかもしれない・・・)
時計を見ればまだ、8時前だ。彼はいつも9時くらいの出勤だからきっとまだ来ていない。会いたい気持ちもあるけれど、何となく昨日のことがあるから会うのも気まずい。早めに行って終わらせようと書類をもって、別部所まで行く。
通り過ぎる人と挨拶を交わして、見えてきた部所。扉を開けて中を覗く。まだ数人しか出勤していない。彼もいない。ホッと息を吐いてさっそく、仕事に取りかかる。
(結構、在庫確認って大変なんだよねぇ・・・そのあとの発注もしなくちゃだし)
間違えないように、丁寧に確認しながら書類に記載して行く。立ちながらやるのは、なかなか大変だけれど他人のデスクに座るのも気が引ける。
「俺のとこ座りなよ」
集中していたため、突然聞こえた声にビクリと肩を跳ねさせ慌てて振り返れば、高林さんがデスクをトントンと手で叩きながら立っていた。目を見開く。時計はまだ8時15分。出勤するには早い時間のはずなのに。
「び、びっくりした・・・おはようございます」
「おはよ、ごめんごめん急に声かけて」
「今日、早めの出勤なんですね」
「んーまぁね、そんなとこー」
意外にも普通に会話出来て安堵する。昨日の気まずい空気もない。高林さんもいつもと変わらない。肩の力を抜いて私は笑った。