【跡部】All′s fair in Love&War
第1章 親愛なる帝王様
「あーあ、残念だったね、あとべぇ」
「…ジロー、いたのか」
松元が去った後の部室。
跡部もまた熱を覚まそうとソファに腰掛けたところで、何故かソファの後ろの床で寝ていたらしい芥川慈郎が立ち上がる。あんなに騒がしい中で寝ていたのか、いや、本当は随分前から起きていたのだろう。全て知っている様子の幼なじみを、軽く睨みつける。
「いくら松元相手でもあんな事しちゃ、嫌われちゃうぞ」
「アーン?そもそも好かれてもねーだろ」
「ふーん、ま、そーかもねー」
本気なのか惚気なのか、未だに彼の本心は掴めないけれど。自分で言った言葉に傷ついてちゃ、キリが無いよね――ちらり、と跡部の表情を見て、そう心の中で呟くと、伸びを一つして芥川が歩きだそうとする。
「さっ、今日の俺のスペシャルドリンクはどんなかなー」
「ジローお前、まだ何も動いてねぇだろうが。それより、此処で待っとけ――もう寝るんじゃねーぞ」
そう、芥川を制して跡部が部室を後にする。ばたん、と扉が閉じられて、素直になれない友人二人に芥川は思わず苦笑する。多分この後、この場に正レギュラーが集められて、部室はチリ一つないまでに美しく磨かれるのだろう、と芥川には分かっている。
帝王と呼ばれる氷帝学園男子テニス部部長、跡部景吾は、彼女――松元千花には甘い。
そんなこと、この部に入ったその日その瞬間からわかる、当人達以外には周知の事実だった。