【跡部】All′s fair in Love&War
第1章 親愛なる帝王様
「何してくれてんだ、松元…アーン?」
あたしの青ざめた顔と手にしたタオルから、すぐに状況を把握したあいつ…跡部は、私をずいずいと壁際に追い詰めた。あたしの顔の両側には、跡部の手。所謂壁ドンと言うやつだ。少女漫画でよく見るシーン、なのに違う意味でドキドキする。
「ご、ごめん…タオルはちゃんと洗うよ」
ひとまず自分の非を認めて謝ってみる。
が、跡部はニヤリ、と笑い更にあたしを追い詰めてくる。
「タオルだけか?この俺様が精魂込めて書き上げた、次の試合に向けての監督への調査書はどうしてくれる」
「そ、それは…できる限りの事はしたんだけど、やっぱあれじゃダメなの?」
ダメに決まってんだろ、どう落とし前つける気だ。そんなヤクザみたいな台詞を吐きながら、無駄に整った顔がぐい、と近付いてくる。その距離に、否応なしにあたしの体温が上がる。
「松元、今更何を女ぶって赤くなってやがる、獣みたいな雄叫び上げておいて」
「はぁあ!?その言い方、失礼にも程があるでしょ!?」
咄嗟の叫び声をどう気を使えって言うんだ!聞かれていた事に更に赤くなっただろう顔。心拍数も体温もどんどん上がっていく。きっと情けない表情をしている事だろう。対して、ただでさえ意地の悪そうな顔をしている跡部の口の端は釣り上がり、目は更に細められている。何処か楽しげで、これ以上ない悪人面だ。
「なぁ、千花チャンよ?」
そして、あたしの気持ちなんて見透かしているかのように、からかう様な声色で名前を呼んでまた笑う。――なんでこのタイミングで下の名前を!
口から心臓が出そう、とはこの事か。もう跡部を直視出来なくて目をぎゅっ、と瞑る。跡部は何も言わないし、動きもしないけれど、こちらをじっと見ているのだけは分かった。多分時間にしたら短かったのだろうけれど、永遠の様に感じられる静寂――そしてそれを打ち破るように、勢い良い音を立てて部室の扉が開かれた。