【跡部】All′s fair in Love&War
第35章 恋と戦争に手段は問わない(前編)
「一度はされたかったから、お姫様抱っこ!」
「…そうかよ、樺地の高さだと流石に怖いだろ」
「確かに、なかなかのスリルだったかも…でも、しっかり支えてくれてたから!安定感半端なかったし!」
自分がいつも通り言葉を紡いでいる事に、そして、跡部がいつも通りの返事を返してくれることに、安堵のような、後悔のような感情が入り混じる。
「そういえば、寮がある街…跡部、知ってるんでしょ」
「あぁ、昔旅行で行った。治安が良くて日本人が多い街だ、現地の奴らも皆寛容で、易しめの英語で話してくれるぜ」
昨日の事はお互いお首にも出さず、当たり障りの無い会話が続く。皆と今まで交わしてきた別れの言葉はとっくに端に追いやられて、跡部との間のこの空気感が、何にも変え難いのだ、と再認識させられる。
その時、ポシェットの中のケータイがふるり、と震えたのに気付いた。確認すると、お母さんから――余裕を持って行動しなさい、と。時計を見ると、急ぐまでは無いものの、良い時間。
掌に爪が食いこみそうな程、握った拳に力を込めて。昨日言えなかった願いを、今なら臆面もなくぶつけられる、と口を開いた。
「あの、跡部、お願いがあって」
「アーン?…んだよ」
「私が、来年帰ってきて、まだ籍が空いていたら…私をまた、マネージャーにして欲しいの」
こちらをじっと見る跡部の目は、一瞬顰められ、そして軽く閉じられた。どんな感情から来るものなんだろう、なんて考えてみても到底分からなくて、ただ返事を待つ。まるで審判を待つ罪人のように、少しの震えを持って。
「…それは、当然だろ。むしろ、お前が逃げようったって逃がしてやる気なんか無かったぜ、退部届けも出てないんだからな」
「そ、そーなの…?」
「高等部にそのまま進む奴は、手続きしない限り部活動もそのまま繰り上がると説明があっただろうが」
全く聞いてない、そんな説明。なら、ここ最近私が抱えていた一番の悩みは全く無駄だった事になる――急に気が抜けてふぅ、とため息をつく、そしてまた、跡部がこちらをじっと見ている事に気付く。
「俺様に言うことはそれだけか?」
「え、えっと…あの、今までほんとに有難う、これからも宜しく」
そんな陳腐な言葉じゃ到底表しきれない感情を、ぐっと飲み込む。跡部は私の言葉を聞いて、何処か不満げに、大きく息を吐いた。