【跡部】All′s fair in Love&War
第29章 はじまりのつづき(中編)
「松元、届けは書けたかよ」
部活も終わり、皆が帰り支度を始める中。素直に見学を続けていたらしい松元に声をかける。少し唇を尖らせ、憮然とした表情で入部届けを突き出してくるから、それを受け取り、内容を確認する。
癖のある丸文字は、しかし几帳面に隅々までしっかりと埋められていた。これなら監督も問題なく受理するだろう、と懐にしまう。
「これからは精精、背後に気をつける事だな」
「…わかってる、もう借りを増やすつもりは無いもん。決めたからには、宜しくお願いします」
その言葉に、またらしくも無く、緩む口元。
「こちらこそ、宜しく頼むぜ――松元 千花」
赤い夕日がぴりぴりと刺す中、まるで時間が止まったかのように、俺達は言葉を発さなかった。お互いじっと見つめ合う。そしてきっと互いが、逸らしたら負けだ、と何かの勝負のように思い詰めている。
そんな空気を打ち払うため、手を差し出すと。少しの逡巡の後、松元が俺の手を取った。柔らかく小さい手は、やはり俺の物とは全く違う。きっとこんな身体にボールが当たってしまっては、後悔の念に耐えなかっただろう――と同時に、頼りなく立つその姿に、その後の自分の言動を情けなく思い返す。
暫くそうして握手を交わしていただろうか、ぼんやりとこちらを見詰めていた松元が、我に返ったように手を解いた。赤らんだ顔、そして逸らされた目にはどんな意味が有るのだろう、と考える――その時、胸元にしまっていた携帯が震えた。
「どうした、ミカエル」
「ぼっちゃま、少し遅くなり申し訳ありません。校門前に付けておりますので、御用が済まれたらおいで下さい」
いつもの時間を過ぎていることにも気づいていなかった――了承の返事を返し、電話を切ると。松元が目をひん向いてこちらを見ている事に気づく。
「あぁん?どうした」
「へ!?あ、いや、ごめん、話の内容聞いちゃってて…ミカエルって、」
「俺様の執事だ」
「し、しつじ!!!」
せかいがちがう――と俯いて呟く松元が妙に可愛く見えて、思わず小さく笑い声を零す。