【跡部】All′s fair in Love&War
第24章 アンコンディショナル・ラブ(前編)
「それじゃ、行ってきます」
「待って、千花!今日は遅くなるんでしょう」
「うん、その予定。テニス部の送別会があるんだよね」
トントン、とローファーのつま先を玄関に打ち付けてながら話をしていると、行儀が悪い、と靴ベラを渡された。いつもならいらないよ、と返すところだけれど、このやり取りも今日、明日で最後だと思うと黙って受け取るしかなく。もう片方の足を靴ベラでねじ込む。
「あまり遅くなり過ぎるなよ」
「うん、わかってる」
このお小言も、もうこれで最後だ、と。いつもなら聞き流すそれにちゃんと返事をして。カバンを持ち、ドアを開ける。身をすくめるような冷たい風に一瞬目を閉じたが、再び開けてみると清々しい程の、抜けるような青空。
「「行ってらっしゃい」」
「行ってきます」
両親の声に背を押されて、歩き出す。二、三歩歩いたところで、ふ、と気づき立ち止まる――今日、朝練無いじゃん。
最後の最後まで、染み付いた感覚のせいで、睡眠時間を無駄にしてしまった事に苦笑しながら。でも、帰るのも勿体なくて、結局そのまま歩き出す。
校門の脇には、大きな立て看板があった――卒業式、と書かれたそれを横目に、校舎に入る。やはり早すぎたようで、誰の声も聞こえない。部室に寄ろうかな、と一瞬考えるも、後輩の皆が送別会の準備をしていては邪魔になるな、と考え直す。そもそも、引退してるんだから自分の居場所は無いのだし。
考えつく場所は教室しかない、と仕方なく向かう。隣の校舎の三階の端の部屋をちらり、と見てみると、その部屋の窓は空いていた。生徒会長室――つい先週の事を思い出す。式典の準備もある、跡部はもうそこに来ているのだろう、と思い当たった。
教室で顔を合わさなくて済む、と、何処か安心している自分はなんて薄情なんだろうか――体調はもう大丈夫なのかな――私の留学のこと、知ってるのかな。