【跡部】All′s fair in Love&War
第23章 溜息は雪と溶けて
いつもと少し趣きの違う挨拶は、彼には届かなかった。反応の無い跡部に少し寂しくなる、でも、これでいいんだ、と。どうせ今度会うときには、もう知られていることだろうから――ミカエルさんがドアを開けてくれる、車から下りて、頭を下げた。
「ありがとうございました」
「いいえ…お礼を申し上げるのはこちらの方です、松元様が坊っちゃまを見つけて下さっていなければ、どうなっていた事か」
いつもニコニコとしている老紳士はそういうと、少し目を開いた。優しい表情、しかし鋭い目が、こちらを見ている。
「松元様…坊っちゃまを、宜しくお願い致しますね」
その言葉に、表情に、彼は全て知っているのだ、と悟る。考えてみれば、跡部家は氷帝学園に多額の寄付をしていると聞いていた…奨学金の出処は何処か、なんて考えるまでもない。そして、テニス部のスポンサーのようになっている跡部家、その窓口であるミカエルさんと、全てを知っている榊監督は連絡を取り合う間柄だ。
私のささやかな悪行を、ちっぽけな意地を、知っている――彼の大事な主人を、傷つけてしまうかもしれない私を、どう思っているのだろう。
恐る恐る顔色を伺うと、またミカエルさんはいつもの笑顔に戻っていた。
「…おや、雪が降ってまいりましたね…今夜は冷えると聞いております、松元様もご自愛くださいませ」
「あの、跡部はっ…」
知っているんですか、そう聞こうとして、寸での所で留めた。もう今更、どちらであっても何も変わらない。しかし老執事はそんな私を見透かすように、小さい声で、私は何もお伝えしておりませんよ、と教えてくれる。
「…では、跡部くんの事を宜しくお願いします」
また頭を下げると、困ったようにミカエルさんは笑って、車に乗り込んだ。いつもなら私が玄関に入るまで見送ってくれるのだけれど、今日は私の気持ちを察してか、先に車のエンジンがかけられる。スモークの貼られた後部座席の様子は伺えない、跡部はまだ寝ているのだろうか。
静かに滑り出すように、走り去っていく車が見えなくなるまで、そのまま立ち尽くす。その間に、肩に薄ら積もる雪。払い除ける手は、折角跡部が暖めてくれたのに、芯まで冷えて冷たくなっていた。