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【跡部】All′s fair in Love&War

第23章 溜息は雪と溶けて





「知恵熱のような物なのでしょうか、咳等は出ませんので例年通りなら周りにうつすような事は無いかと思います。ご安心下さい」


私の顔色の変化に気付いたのか、そう付け加える老執事は、流石、主の不在がちな跡部家を取り仕切るだけの事はあった。でも、私の不安の種はそこじゃない――自然と手が伸び、また顔にかかってしまって鬱陶しそうな前髪を避ける。指先がその頬を掠めると、僅かに感じる熱。

シートにだらり、と力なく放り出された手を握りたい衝動に駆られて、自分の膝に手を置き、スカートを掴む。しばらく着ないのだから、皺になったっていい。

なんでも独りで抱え込んでしまう、跡部のこれからを思う。高校生になったら勉強も大変だろう、でもきっと中等部でこれだけ活躍した跡部はテニス部でも中心メンバーになるに決まっていた。生徒会にもまた招聘されるのは目に見えている――何か一つでも、手放せないの、と言いたいけれど。どれ一つ取っても、跡部を構成する大事な要素には違いなくて。


力のない私には、荷物を持ってあげるのが精一杯。おまけに、もうすぐこの手が届くはずのない遥か遠くへ自ら行こうとしている――また、戻したはずの手が自然と跡部に向かう、その時。


「松元様、間もなくご自宅ですよ」
「あ、ありがとうございます、結局あたしが先で…すいません」
「構いません、もしここで跡部邸に向かってしまっては――わたしが坊っちゃまに、お暇を出されるかも知れませんから」


窓の外をみると、見慣れた通りに入っていた。もう本当に、自宅とは目と鼻の先だ。この車で送ってもらうのも、もう最後。伸ばしかけた手を下ろし、これ位なら許してもらえるかな、と、手を重ねた。やっぱり熱くて、触れ合った部分からじわりと熱が広がる。

冷え性な私の冷たい手が、この熱を奪ってあげられたらいいのに――むしろ、跡部の熱さに引き摺られて、どんどん上がっていく体温。もしかしたら煩わしいかも、と思い手を引こうと考えるけれど、それも難しい。せめて家に着くまではこのままで、と心の中で謝る。


「着きました、ドアをお開けしますのでお待ち下さいね」


そうこうしている内に、自宅の前で停められた車。ミカエルさんが車を降り、こちらのドアを開けようと回り込んでくれるから、手を離して下りる準備をする。


「…さよなら、あとべ。お大事に、ね」

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