第11章 近づく距離
第三者目線
一通りの書簡を書き終え、信長はなおへと目をやった。
「…寝たか」
暫く前に「カタン」と音がしたのは聞こえていた。
そこには正座のまま横へと倒れたであろうなおの姿があった。
信長は何かをさせようと思った訳ではなかった。
だが、ほおって置くと身じろぎ一つもしないなおに墨をすらせた。
『ぼーるぺんとはこの前見たものだろうな…』
中身を見たことも、写真を持っていることもなおは知らないし、信長は言うつもりもなかった。
たまに取り出して見ては、愛らしいなおの顔と共に、隣の男に苦々しい気持ちを抱く。
それでも、見ずにはいられなかった。
『今は見る必要もないがな…』
横を見るとまだスヤスヤと眠るなおの姿が目に映る。
「しかし随分、無防備になったものだな」
信長はここに来た頃のなおを思う。
『ビクビクと身体を震わせ、寝れば泣き叫び、かと思えば人を助けるために身体を張る。
死のうとしたかと思えば「死にたくない」と言い、顔を強張らせたかと思えば、別人のような微笑みを見せる。』
信長はそっと立ち上がり、なおを起こさぬよう髪を優しく撫でる。
『宴の夜のこと覚えていないのは、幸いだった。』
信長はそう思っていた。
『俺の想いを知ったとて、此奴は…受け入れはせんだろう。それに戦で大義の為とはいえ、たくさんの命を奪った俺に、このぬくもりを手に入れる事は許されない』
神仏を信じている訳ではないが、子孫を残す為の女さえあれば、愛はなくて良いと常々信長は思っていた。
それが、大義の為に散った命への償いだと…。
そして、過去の苦々しい想いが頭をよぎる。
二度と思い出すまいと蓋をしたその思い出が蘇る。
『好きなものに拒絶される苦しみは、もう二度と味わいたくはない。そして、此奴が俺の大義に振り回される必要もない。ただ…』
信長はなおの髪をひとすくい指に絡ませると、そっとそこに口づける。
「貴様の微笑みを守れれば…それだけでいい」
そう思いながら、なおの笑顔を引き出す男に会わせる事を拒絶している自分に、渇いた笑いが聞こえた。