第11章 近づく距離
なお目線
それから暫く信長様は書き物を続けた。
何となく動くことも出来なくて、じっとしていた。
足も少し辛くなって来た時
「墨をすれ」
そう言われて近くに寄ると、黙って墨をする。
『これもお仕事だから、しっかりやらなきゃ…でも、久しぶりだなぁ〜。墨って意外と好きな匂い…』
なんて思いながら墨をする。
「何をにやにやしてる」
「へっ?あっ。すいません」
つい謝ってしまう。
「何でそんなに嬉しそうなのだ」
「あの…墨をするのが久しぶりで懐かしかったのと、墨の匂いが好きで…」
変な人と思われるかな?と思いながらも答える。
「貴様の世では、墨は使わんのか」
「日常では使いません。学校…色々習う所や、書道と言って芸術?芸として習う事はありますが、普段は鉛筆とかボールペンとかで書きます」
「えんぴつ…ぼーるぺん。分からんが…いつもは使わんということか?」
信長様の頭の上にはてなマークが飛んでいる。
私は思わず笑いそうなのを堪えて、話を続ける。
「はい。私は10年以上ぶりに墨をすりました」
「そうか…」
そう言ったのを機に信長様は文机へと目をやり、書簡を片付けていった。
…………………………………………………………………
『眠くなってきた』
もうどれくらい時間が経ったか分からない。
途中で昼餉が来て。
一度帰りたいと申し出たけれど、信長様はここにいるように告げる。
『墨をする以外の事やってないから…』
必死に意識を保とうとするけれど、瞼は容赦なく目を塞ごうとする。
何度かカクカクと頭が下がる。
その度に、必死で目を開けて…でも気がつけば私の意識はなくなっていた。