第9章 穏やかな日々
なお目線
『やっぱり…緊張する』
信長様を前に顔を上げることも、出来ないでいた。
「パチンパチン」
扇子を弄ぶ音がまた、緊張感を高めていく。
私は意を決して顔を上げる。
「あっっ」
顔を上げた瞬間。
その緋色の瞳に囚われる。
戦の最中とは違う、穏やかだけど強い光を持つ瞳。
暫くその眼から視線を外せずにいた。
「なお?」
側にいてくれた秀兄の呼びかけに、我にかえる。
「あの…」
「何だ」
「あの…私に仕事を…仕事をさせてください」
天主に沈黙が訪れる。
考えてるんだか、考えてないんだか、表情の全く読めない信長様。
「もういいです」
って言いそうになるのを必死に堪えて、返事を待つ。
「…良かろう」
「へっ?」
「だから、やれば良いと言っている」
信長様は意外とあっさりと承諾してくれた。
「して、何をする」
「私、今まで保育士をしてたんです」
「ほいくし?」
「あー。えっと、子どもたちの面倒を見る仕事です。」
信長様に通じたみたいで、頷いてくれている。
「秋野から、安土には城で働く人達の子どもがたくさんいるって聞きました。働く人達が安心して子どもを預けられる場所を作りたいんです」
私は一気に話し終えると、信長様をみる。
「子どもと一緒に登城して、一緒に帰れたら、不安なく働けると思うんです。場所は城の中でどこか邪魔にならない所で、お昼寝できる様にお布団もあるといいなぁ〜。ブランコとかあると楽しそう!それに…」
「なお!」
秀兄の声にハッと我にかえる。
「あっ。ごめんなさい…」
私はいつの間にかウキウキした気分で喋り続けていた。
『けど、こんなに楽しいのいつぶりだろう!』
「くくっ…良かろう。貴様の好きにしろ」
そう言った信長様の顔がとても優しくて…何だかもっと嬉しくなってしまう。
「秀吉」
「はっ」
「此奴と相談して場所や物を揃えろ。ぶらんことやらも作ってやれ。それと…」
秀兄にそう告げると、私を見る。
「それ以外に貴様に俺の世話役を申し付ける。」
「世話役?」
「俺が呼んだ時には、何があろうと来い。それが夜であろうとな…それが条件だ」
信長様はそう言ってニヤリと笑う。
「はい」
浮かれ気分で返事をした。
その横で、秀兄がため息をついたことに、私は気がつかなかった。