第33章 諦め
なお目線
「なお!おい。なお!!」
秀兄の声が聞こえて身体がびくっと震える。
「えっ!あっ。ごめんなさい!すぐ支度…あれ?」
私は、寝坊した!と思い秀兄に条件反射的に謝る。
「おい。なお。ここが何処か分かってるのか?」
秀兄はポンポンと頭を叩くと、笑った。
「…籠の中です」
恥ずかしくて…顔をうつむきながら答えた。
祝言を終えて数日後。
「約束を果たそう」
信長様がそう言ってくれて、近くの湯治場に行くことになった。
秀兄が、2人でいこうとする信長様に、信長様や私が心配だから…と進言して、嫌がる信長様を毎日時間を見つけては説得して、結局秀兄と秋野、そしてほんとーに!嫌そうな家康の5人で向かうことになった。
いつもは信長様の馬に乗せてもらうけれど、懐妊中は辞めた方が良いと言う家康の言葉に、広々とした籠を用意してもらい移動していた。
そして、その籠の揺れが心地よくて、どうやら早々に眠ってしまった様だ。
「もう、着いたの?」
そっと手を差し伸べてくれた秀兄の手を取り、ゆっくりと籠の外に出る。
「あぁ、この短時間で良く眠れるな」
笑いながら頭をポンポンとしてくる秀兄。
「もう。酷い…。眠くなるんだもん」
そう言って俯く。
「秀吉…貴様は何をしてる」
すぐ後ろで聞こえた声に、秀兄がびくっと身体を震わせるのが分かる。
「信長様!」
私は笑顔で振り向くと、怒った様な顔をしていた信長様の目元がふっと緩むのが見える。
「なお。秀吉に何かされたか?」
私の髪をそっと撫でながら、聞いてくる信長様にふるふると頭を横に振る。
「何でもないですよ。ね!秀兄」
私は笑顔で秀兄を振り返る。
「なお…」
秀兄の安心した様な顔が見えた瞬間。
「ちょっとからかわれただけです」
笑顔で信長様に告げる。
一瞬で顔色が変わった信長様と秀兄を見る。
「えっ?あっ!なお〜」
秀兄の焦った声を聞きながら、私は近くに来た秋野の手を取って、一足先に宿へと入る。
「なお様…悪戯も程々になさいませね」
そう言いながらも、同じくらい楽しそうな笑顔の秋野と後ろをそっと振り返ると、信長様に最敬礼する秀兄の姿が見えた。