第31章 甘える
なお目線
信長様はまだ話があるからと、私を天主に置いて戻っていった。
「寝とけって言われたけど…」
私は寝かされた褥からそっと出ると、冷えないようにもう一枚羽織り高欄へと足を進めた。
今日はとても天気が良くて風もないから、冬も近いけれど暖かい。
空が抜けるように高くて、透けているような青空に夏より光が穏やかな太陽が見える。
「気持ちいいね。のぞみ」
私は欄干に背を預けて座り、足を伸ばすとお腹にそっと手をあてる。
返事は返ってくることはないけど、それでも暇さえあれば話しかける。
まだ、膨らみもないお腹。
そこに一つの命があることが、本当に不思議。
「もう、声聞こえてるのかな?」
恋人が出来るなんて、ましてや結婚するなんて思わなかったし…子どもなんて私には一生縁のないものだから、考えもしなかった。
だから、子どもの胎内での成長なんて…何にもわからない。
「スマホが通じれば、お母さんにいつでも何でも聞けるのになぁ〜」
何かある訳ではないけど、いつもと様子の違う身体に少しの事で不安になる。
『幸せはとても儚くて…すぐに消えていくから』
ふと頭に浮かぶ言葉を、頭を振って振り払おうとする。
「だめ…そんな事ないって、みんなに教えてもらったのに…すぐに私は…」
不安を振り払おうとする程、不安が大きくなる。
気がつくとはらはらと涙が落ちて、止まらなくなる。
「つっ…ふぇっ…」
さっきまでの、清々しい気持ちが一気に消えていく。
「なお!」
名前を呼ばれて顔を上げる。
「のぶな…がさま…」
縋るように手を伸ばすと、駆け寄ってきた信長様にそっと抱きしめられる。
「どうした?どこか痛むのか?苦しいのか?家康を呼ぶか?いや…とりあえず横に…」
普段の信長様からは考えられない取り乱し方に、私は驚いて思わず涙が止まる。
「ふふっ…」
思わずもれた笑いに、信長様は驚いて私の顔を見る。
「ごめんなさい…身体は大丈夫。少し不安になって…悲しくなってしまって…。
けど、信長様に逢えたらどこかに行ってしまいました。不安も、悲しさも…」
そう言って微笑んだ。
信長様は私の頭にそっと手を置くと、深く溜息をついた。