第27章 微笑み
なお目線
「おはようございます。なお様」
襖が開いて眩しい光が入ってくる。
「おはよう。秋野」
返事を返すと、笑顔で返してくれる。
数日前のあの日以来、信長様は夜ずっと私のそばにいてくれる。
前の様に戻るのは…今の私にはまだ難しくて、気を抜くと泣きそうになる。
夜にはやっぱり魘されるみたいで、毎晩添い寝をしてくれて、私が魘される度に抱き締めてくれる。
「ただいま」と言ったけど、気持ちが都合よく変わることはない。
『信長様を死なせない為に…生きてる』
そんな後ろ向きな事では駄目だと思うけど、信長様を裏切ったあの日を忘れることも、許してもらえる気もしなくて…それしか、生きてる意味を見出せない。
『本当に…汚れてしまったから』
あの男達を受け入れた。それが、私の一番の罪。
「なお様?」
気がつくと秋野の顔が目の前にあった。
「…ごめんなさい。何もないから、ちょっとぼーっとして…」
言い終わる前に秋野の手が、私の額にさわる。
「熱はない様ですね。何かあればすぐに言ってくださいね」
秋野は前と変わらない笑顔で、私を見つめる。
「わかった」
あれから、笑うことも難しくて…秋野にも申し訳なく思う。
秀兄達は、男は怖いだろうからと、気を使って来てはいない。
「秋野…」
「何ですか?なお様」
「私…何で生きてるんだろう」
抑揚のない声が、まるで他人の声の様に聞こえる。
気持ちがどこにも動かなくて…溢れた言葉は人を傷つける。
秋野は泣きだすこともなく、私を見て微笑む。
傷ついてる筈なのに、その笑顔は曇ることがない。
けど、目の端が赤いことに…それを化粧で隠していることに、気づいてる。
「なお様。何があっても、秋野はいつもそばにいます」
その笑顔のまま、頭を撫でてくれた。
「なお様。今日は、素敵なお客様がいらっしゃいますから、久しぶりに着替えましょう。その前に、朝餉をお持ちしますね」
そう言って秋野は外へ出て行った。
『きっと…泣いてる』
そう思うとまた涙が出てきて、褥に倒れこむ。
「どうしたら良いの…もう、分からないよ」
私は小さく呟いた。